山田正紀


●「女囮捜査官」シリーズ(幻冬舍文庫)

「触覚」「聴覚」「視覚」「嗅覚」「味覚」以上全5作

 法月倫太郎がやけに買っているシリーズだったので読んだのですが、期待にそぐわぬ良質な5部作でした。僕が山田正紀に入ったのは確かこの作品陣からです。この5部作はかなりのペースで出版されたと記憶していますが、これだけの内容の作品をそんな早いペースで出した山田正紀の力量に感服。

 この作品のギミックとして出てくる「被害者学」ってのがいいですな。世の中には、被害者になりやすい傾向の人間がいる。何か問題が起きたら自分を責めてしまう「自罰型」の人間なので、「他罰型」人間のターゲットになりやすい。被虐を誘いやすい、幾らでも甘えがききそうだと思わせる人間がいる。その為うっぷん晴らしや八つ当たりの対象になる。

 この作品、2時間ドラマにもなったんですが、主演が松下由樹ってのが「被害者」っぽい雰囲気でよかったです。原作をちゃんと読んでる人間のキャスト選出だったのでしょうか。


●「三人の『馬』」(祥伝社ノン・ポシェット)

〈首都・東京を48時間で制圧する!〉深夜、正体不明の三人の男が、突如、破壊活動を開始した。東京証券取引所、築地中央市場を擁し、新幹線を含む交通大動脈の走る日本の経済・情報・生活の心臓部−中央区を、彼らは集中的に攻撃し始めたのである。いったい彼らの目的は何なのか? その正体は? 苦悩する政府・警察首脳。そして自衛隊の治安出動−戒厳令を布く刻が迫りつつあった......。

 作者のあとがきにもあるのですが、「東京の中央区に都市ゲリラが潜入したらどうなるかの思考実験」という感じの仮想舞台設定小説。読了後、山田正紀の他作品に感じる、ストーリー面で「ああ、面白かった」というエンターテインメント色は少々薄めな気もします。

 ラストの方も、何だか(当初の予定がどうだったのか分からないけど)終わったのか終わってないのかというままで幕引きを見せます。

 シミュレーション性が強く、小松左京作品のような印象でした。

 ところでこの作品、「虚栄の都市」を改題、とありますが何故? 僕的には「虚栄の都市」ってタイトルの方が好みだけど。当時は改題後の方が良いと思われてたんでしょうか。時代の差でしょうか。それともSFっぽいタイトルだから変えたのかな? 

(20010709mon) 


●「裏切りの果実」(文春文庫)

 山田正紀もグイグイ読ます文体を持つ作家です。当作品、内容は至ってシンプルです。本土復帰直前の沖縄に輸送される10億円の現金を強奪しようとする男達の物語。大きく準備、決行、裏切りから構成される犯罪小説。何か大掛かりなコトに挑戦するチームってのも山田正紀小説に多く見られます。無謀とも思えるほど大掛かりなコトに。これもその一つ。チームっても、この作品に関してはお互いが疑心暗鬼に満ちた付け焼き刃チームです。

 悪党パーカーシリーズや汚れた七人といった暴力映画から受けた興奮を追体験しながら執筆していた、その熱を読者にも味わって欲しい、そうあとがきにあります。そういった自分の受けた興奮をストックしていて、自分なりに新たに伝えたいという部分に本来性の作家資質を感じます。インスパイア元/ソースを隠さないってのも堂々としてて良さ気。

(20011216)


●「たまらなく孤独で、熱い街」(徳間文庫)

街は毒々しく猥雑でとりとめなく、あまりに騒がしい。スモッグがネオンを反射して、天国に迎える前に死者の霊魂を清める煉獄の炎のゆらめきを私に連想させるのだ。新しい秩序とかたちを街に取り戻さなければならない。それが私の使命ではないか。ある日曜日の早朝、横浜山下公園で女子大生の死体が発見された。それが悪夢の始まりだった。

 唐突に始まり、唐突に終わる作品。もう行き当たりばったりで書いてみたんじゃないかという感想しか出てきません。徳間書店創立30周年記念特別書き下ろし作品、となっていますが、この原稿依頼を受けたものの何も思い浮かばず、無理矢理ネタを捻り出して何とか1本作ってみただけのような、何もない作品でした。 

(20020106)


●「殺人契約 殺し屋・貴志」(光文社文庫)

殺し屋/逃亡/システム・キリング/契約違反/二重奏/共喰い/待機 以上7編収録 

 貴志という殺し屋を主役に据えた連作短編集。山田正紀流に「殺し屋」という存在を、肉体/生理/心理面/仕事の契約などといった特異性をきちんと想定し、作り出されたのが主人公貴志。デュマレストほどではないにしろ生き抜く事にシビアに向き合ってるキャラです。

 殺し屋に対する物語として「依頼→準備→実行」という単一的な構成ではなく、各短編毎に逃走劇/対決/依頼人は誰か/同業者の存在など、様々なアプローチが試みられています。加えてミステリ風なひねりもあったりで、安心して読める1冊。殺し屋の小説に『安心して』ってのも妙な表現ですが。「二重奏」意味不明な残留があって僕的にお気に入り。

(20020106)


●「五つの標的」(光風社文庫)

地下鉄ゲーム/真夜中のビリヤード/四十キロの死線/ひびわれた海/熱病 以上5編収録

 出版社が聞いた事ないトコロです。きっと随分昔に潰れた出版社の本なんだろうなと思い奥付けをみたら1995年4月10日発行となっていて驚きました。今でもこの光風社出版ってあるんでしょうか。すごい失礼なコト書いてたら済みません。僕子供。

地下鉄ゲーム

 この短編集の中では最も自分の好みでした。「謀殺のチェス・ゲーム」「謀殺の弾丸特急」に近い味です。強盗カップルとそれを追跡する警察側/島袋。地下鉄の網目を利用した化かし合いが繰り広げられる鉄道マニア同士の戦い。

真夜中のビリヤード

 スパイ戦に巻き込まれた若者。「地下鉄ゲーム」が面白かった反動もあってか、イマイチの印象。青春小説らしいラストは良かったです。

四十キロの死線

 40キロ以下になった時爆発するように父親の車に細工をした息子。どっかで聞いた事のあるような設定はまあイイとしてもっと40キロ以下になりかける危険をくぐり抜ける展開を見せて欲しかった。ラストは、まあ連発さえしなければ許せます。

ひびわれた海

 ここまで読んだものが「勝負もの」だったので、それがこの短編集の共通テーマだと思ってた矢先に、「勝負もの」で括られないこの「ひびわれた海」の登場。地震の噂について、これも都市伝説の一つと捉える内容、というだけではなくむしろ「母/待つ女」がメインかも。

熱病

 アウトローな若者像を描いてる感じでしょうか。結構山田正紀の作品には夏の熱気沖縄といった暑苦しさが漂ってくるものが多いかも、とふと思いました。

(20020114)


●「日曜日には鼠を殺せ」(祥伝社文庫)

「この門をくぐる者、すべての希望を捨てよ!」
二十一世紀型最新鋭の恐怖政治国家。統首の誕生パーティーが始まり、政治犯が檻から解き放たれた。一時間以内に恐怖城から脱出できたら特赦が下りるのだ。元公安刑事、テロリスト、主婦、ニュースキャスターなど八人の男女が鼠のように追い詰められる。究極バトル・レースの火蓋が切って落とされた!

 サクっと読める祥伝社400円文庫です。で、これは一応SFとしてジャンル分けされていますが、その辺はどうなのかなあ。単純にエンターテインメントという感じです。あ、テレパス出てたからSFなのか? いやまあどうでもいいんですけどねこの辺。

 着想は順当に「バトル・ロワイヤル」だと思うんですが。「バトル・ロワイヤル」の登場で山田正紀、(ああ、ここまでやっちゃっていいのか)と吹っ切れて書いたような気がしなくもないです。殺人ゲームに人間を強制参加。過去の生存者0名。

 んで、400円文庫の当書、当然値段相応のページ数になっています。が、それがちょうどイイ感じ。参加者数を8名と少なめに設定し、ゲーム内容も、3つのエリアをステップを踏んでクリアしていくというもの(別に殺し合う必要はない)。これがテンポ良くストーリーを運ぶ結果になってます。もちろん長いのを読みたい気もしますが、そこまでやったらやっぱ「バトル・ロワイヤル」まんまと思われちゃうかな。400円文庫でこっそり出してこそ、かも。

(20020403)


●「風の七人」(講談社文庫)

南国カンボジアの魔城に挑む日本忍者の大活劇。当代一の忍びの手練れ、きりの才蔵とましらの佐助、怪僧にして妖術の総帥七宝坊主、怪力武者の裏切り陣内、豪腕の名手、群青・緑青の双子の兄弟、豊艶な美女さらの七人が、異国の地で目もさめる疾風怒濤の活躍。

 この口蓋の一文目、「南国カンボジアの魔城に挑む日本忍者の大活劇」がこの作品の内容を端的に語っていますが、端的過ぎて何のことやら分からないと思います。

 関ヶ原の合戦後、京都では(大阪の陣を控えて)幕府の警戒心も強まり、旅芸人/遊女/陰陽師などといった宿無しへの軋轢が激しくなってきている。豊臣家の滅亡は避けられないと見て亡命先にカンボジアを選んだ真田幸村、しかしその隣国シャムに根付いているこれまた日本流れの軍異様な強さで横行している。そこで連中と戦える人材を求め、京に使いを出し、迂曲左折の末7人のデコボコ部隊が生まれる、という感じです。

 数名からなるチームが一つの目的を成し遂げる為に編成される、山田正紀お得意の構成ですが、この7人がもう使えないのばっかり。いつもなら、一芸に秀でた個々人の集まりが、それぞれの「芸」で各所の難関を突破していくのに、邪魔したり足引っ張ったりしてる部分が目立ちました。

 タイトルや、ラストで一行が(欠員しても)全滅しない辺り「七人の侍」の影響を隠していない。でも何だか全体的に軽いノリでした。

(20020410)


●「仮面」(幻冬舎ノベルス)

「最初の殺人事件が起こったときに、すぐに警察に連絡していたら、第二、第三の事件は防ぐことができたかもしれない、そうおっしゃるのですか? 私が犯人なのです、刑事さん」
その晩、経営難に陥ったクラブのお別れの仮想パーティに、男四人、女三人が集まり、完全密室の店内で惨劇は起こった。冒頭で早くも犯人が確定?

 「阿弥陀」に続く風水火那子シリーズ第2弾です。この作品のおおまかな構成は、殺人事件のあった店内の様子を二つの視点で描写、という感じ。現場の生存者のしたためたワープロの文章と、海に突き出した人口島で犯人と思しき人物とカーチェイスを繰り広げる火那子(自転車)の回想、この二つが交互に描写されています。それらを読者が組み合わせる形で事件の内容が見えてきます。

 結構興味深いネタがあったのですが、その辺は殊能将之の某作品を読んでいた自分としては新しくなかったのが残念。こちらの方が先に出版されている作品で、更に購入していながら未読として随分と寝かせ過ぎた小説でもあるので、早く読んでおけばよかったとちょっと後悔気味。

 犯人は一連の「女囮捜査官」シリーズを彷佛させるノリでした。特に動機が。この辺はもう創造/創作に対する作者の力量。

(20020607)


●「少女と武者人形」(集英社文庫)

友達はどこにいる/回転扉/ネコのいる風景/撃たれる男/ねじおじ/少女と武者人形/カトマンズ・ラプソディ/遭難/泣かない子供は/壁の音/ホテルでシャワーを/ラスト・オーダー 以上12編収録

 まったく毛色の異なる作品からなる短編集。あまりの統一感のなさに、これって不人気な未収録作品をかき集めて1冊の短編集にしたんじゃないのかと失礼な考えすら浮かんだんですが、元々テーマ/コンセプト問わずに月一30枚短編1本を一年続けた、というものだったそうです。

 読んだ感じでは、毒のない筒井康隆という印象でした。夢枕獏っぽいとも思ったりもしたんですが、それはきっと登山を扱った作品があっただけ。

 これは直木賞候補作に選ばれてた作品と解説に書かれていますが、直木賞(文学イメージ)とはちょっと違うなあ、というのが僕の持つ山田正紀観。「回転扉」や「ねじおじ」あたりが人生の比喩的作品になっていて、直木賞候補になったってのもその辺にありそうですが、何か違うんですよ。『山田正紀=エンターテインメント作家』という刷り込みが僕の中にあるからでしょうかね。教訓めいたものを書こうとしたのではなく、あくまでも娯楽作品を書いた結果、と思ってるので。

(20021104)


●「超・博物誌」(集英社文庫)

プラズマイマイは磁気をコントロールして宇宙を駆けめぐる。ファントムーンは神経繊維をレーダーとして、見た者に遠い宇宙の過去を思い出させる。タナトスカラベは相反する宇宙を往復する。今は引退して博物学者として生きる老人が遭遇した美しくも妖しい宇宙生物たち。

 モチーフになってるのはファーブル昆虫記で、架空の生物を扱いその生体構造や行動を主人公が観測する形を取っています。架空なので幾らでもネタが作れそうですが、『生物がとる目に見える行動→そうさせる理由/本能』をミステリ風に明かしていくので、実際かなり大変そうです。

 ファーブル昆虫記はフンコロガシが冒頭にあったのかな? んで、この作品ではタナトスカラベという生物がラストを締めくくるのですが、この仕掛けが非常に憎い。タナトスカラベの持つ特殊能力や、ラスト1行で明かされる真実(まったくこんなオチ予想していなかった/ていうかオチがあるとは思ってもいなかった)なんて上手いです。全てがイチイチ構成/構造の美しさに繋がっています。

(20021104)


●「幻象機械」(中央公論社)

過去数ヶ月間、小生を司配したる、誰も知らぬ秘密の運命あり、これは他日一夕の茶話として兄にも語る日のあるべきか。 石川啄木

 時代小説は、記録の残ってる事実部分に作者の独創を肉付けして作り上げるものなんですが、史実を知らないとその出来上がった作品全体を史実と思い込んでしまいます。

 例えば、宮本武蔵は二刀流という記録(事実)に対して、作者によっては太鼓のバチをヒントに武蔵はそれを編み出したと肉付けしたり、1本より2本の方が有利じゃないかと子供時代に疑問に持った武蔵が父にそれを質問すると、2本の刀を扱える程武士には腕力がないと言われ、じゃあ腕力をつければいいと思い立ったとストーリー作りしたりと。時代小説の恐ろしいトコロは、そうした作者の独創まで読み手が歴史的事実と思っちゃうコトです。作者冥利かも知れませんが。

 この「幻象機械」はSFですが、そうした時代小説の作法に似た、史実と絡めた独創があります。メインのオチをマジにとる人は希少だと思いますが、細かな部分の描写が史実か作者の独創か僕にはよく分かりませんでした。まあ、分からなくても楽しめます。判断がつかなかったら取り敢えずウソ(独創)と思っておくのが安全です。

 ラストのオチのベタっぷりも僕的にかなり好きなんですが、それ以上に、そこに至るまでの不可解ぶりが楽しい。時折挿入される明治の文体がいい雰囲気を出してます。

 熱い作品が目立つ作者としては珍しく、全体的に夜の涼しい空気を感じさせる内容で、かなり好みでした。T.M.Revolutionで例えるなら、いつもは「HOTLIMIT」で、これは「AQUALOVERS」という感じですって全然分からん例えだろコレ。

(20021206)


「地球軍独立戦闘隊」(集英社文庫)

地球軍独立戦闘隊/恋のメッセンジャー/眠れる美女/西部戦線/かまどの火/霧の国 以上6編収録

 以前『山田正紀はソースを明記するあたりがイカす』なんてコトを書いたんですが、この文庫の解説で横田順彌がすでにそのコトを言及していました。

 この6編はどれも上質ですね。史実を独創で肉付けして創られた物語や、既成の学問/研究を小説の面白さに昇華したり。収録作は大きく今の2つの形式に当て嵌まるんですが、もっと纏めれば原材料の料理の仕方が上手い作家です。『UFOの正体について』言われていた説をさりげなく盛り込んでいる表題作など手際が憎いです。

 この短編集、僕のベストは「かまどの火」です。この「仏教による宇宙観の」解釈、ゾクゾク来ます。ダン・シモンズ「ハイペリオン」シリーズに感じたカッコ良さの一つを短編で味わえました。

(20030126)


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