都筑道夫


「朱漆の壁に血がしたたる」(角川文庫)

 物部太郎&片岡直次郎シリーズ第3弾。今作では、遂に物部太郎の相棒片岡直次郎が殺人容疑で逮捕されます。冒頭でいきなり。このシリーズはこの3作目で止まってるのでしょうか。だとしたら、あまり触れないでおいた方がいいかも知れません。

 いややっぱ触れますが、もちろん直次郎犯人なんていうオチにはなりません。「シリーズラスト=探偵もしくはその片腕が犯人」という安易な方向にこの作家が持ってくるとは誰も思わないでしょうから書いちゃいましたが。

 ワトソン役の片岡直次郎の名は「河内山宗俊」から取られているんですが、今回は更に森田清(森田屋清蔵)、暗闇の丑松(牛山松吉)、三千歳(知登世)、金子市之丞(金子警部補)といったパロディなネーミングの面々が登場。知ってても知らなくてもどうでもいい部分ですが、こうした潜みは楽しい趣向。

 基本的なストーリー部分は一切無視した感想を述べますが、物部太郎すっげーパズルマニアですね。今作はその印象が一層強まりました。

 あと、序盤で推理小説家の紬志津夫が語る推理小説作成論が興味深く読めました。この作中人物の名前は都筑道夫の文字りなので、都筑本人の論が少なからず入ってると考えて差し支えないでしょう。真剣に推理小説に向き合ってるのがとてもよく分かります。

 ふと感じた余談的なコトですが、綾辻行人の「十角館の殺人」は、この作品で余技として使われてるミスディレクションを、より多数の読み手に理解しやすいものに置き換えたのではないのかな、と感じました。それ一つならまあ偶然かも知れませんが、他にも「殺人方程式」の某部分に通じるネタもあったので。

(20020105)


「七十五羽の烏」(光文社文庫)

旧家に怒った殺人事件は、千年も前に怨みを残して死んだ姫君の祟り!? 登場するのはまったくやる気のない探偵、ものぐさ、いや物部太郎---。

 物部太郎シリーズ第1作目。僕がこのシリーズを読んだ順番は、2作目「最長不倒距離」、3作目「朱漆の壁に血がしたたる」、そしてこの「七十五羽の烏」。という具合に物部太郎の当デビュー作を最後に読む結果となりました。

 シリーズ化するともまだ知れぬ段階の1作目ゆえ、最も純粋にパズル部分で勝負してきています。このシリーズは3作で終了なのでしょうか。シリーズものはキャラ人気で売り続けるコトが可能になるので、それを作者自身が恐れて「朱漆の壁に血がしたたる」で打ち止めにしたのかも知れません。2作目以降は衒学趣味(に託つけた書物名の羅列)も少々鼻についてきてたし。

んで、当「七十五羽の烏」を読み終えての感想としては、

片岡直次郎、態度デカい。

2作目から読んだ自分なので、ワトソン役の直次郎の態度のデカさにはビビりました。そもそも直次郎は都筑道夫の別作品にて探偵役(というかボンド役?)を務めているので、露骨にアホに出来ない。太郎と直次郎のどちらにイニシアチブがあるのか見極めずらい内容になってます。1作目から読んだ方がその辺は楽しめたかも。

 読み始めて、各章概略としての見出しの存在で、(ああ、倉知淳の「星降り山荘の殺人」はこの作品に触発されて書いたんだな)と思ったら解説で西澤保彦がその点に触れていました。「星降り山荘の殺人」は、この作品の1点を物凄く極化して書かれたんだなあ、と読後にニヤリ。

(20020525)


「吸血鬼飼育法」(角川文庫)

女にめっぽう手が早く、悪い事も平気でやる、オッチョコチョイ。姓は片岡、名は直次郎。といっても江戸時代の悪、河内山宗俊の子分ではない。渋谷の小さなビルの一室に事務所を構える、れっきとした現代青年である。一体、何の事務所なのか電話をしてみることにしよう。 <......こちら、ファースト・エイド・エージェンシー。大きなもめごと、小さな悩み、どんな難問題でもご相談ください>
さて、持ちこまれた難問題は---警察に包囲された殺人犯を脱出させたり、“吸血鬼”のような気になり自分は殺人者だと信じる新妻の事件を解決したりの大活躍!

第一問 警察隊の包囲から強盗殺人犯を脱出させる方法/第二問 吸血鬼を飼育して妻にする方法/第三問 殺人狂の人質にされてエレベーターに閉じ込められた少女を救出する方法/第四問 性犯罪願望を持つ中年男性を矯正する方法 以上4編収録

 和製ジェームズボンドという感じの主人公です。「物部太郎」シリーズの印象を持ってたので、この本来の直次郎には少々戸惑いました。すんげーエロキャラじゃないですか。あと山藤章二の描いてる表紙イラストだとハゲキャラじゃないですか。

 収録されてるのは4編で、アクション活劇というまさに和製ボンドのノリ。不可思議な謎で始まりつつも、本格の枠に拘泥していない作品なので、各編意外なラストを演出出来ています。

 最後の「第四問 性犯罪願望を持つ中年男性を矯正する方法」なんかは予想を裏切るように話を転がしたのかな。凄まじく展開法で執筆されたような気配を感じます。「第二問 吸血鬼を飼育して妻にする方法」あたりはイントロといい本格風味です。ああ、それにしても直次郎エロ過ぎだ。そりゃハゲるだろう。

(20030118)


「危険冒険大犯罪」(角川文庫)

俺は切り札/帽子をかぶった猫/肩がわり屋/ああ、タフガイ!/ギャング予備校 以上5編収録

 「俺は切り札」は片岡直次郎の活躍する作品で、序盤がショートショートのように各章でオチがあるのが超絶的です。短い中で毎回サプライズエンドを設け、しかも次の章とストーリーが繋がってるという。これをラストまで続けて欲しかったけど、それは流石に無茶な要求かな。これは最後の唐突さに驚きました。

 「ギャング予備校」は<悪意銀行>のキャラクター近藤庸三と土方利夫が活躍する作品とのコトですが、悪意銀行は読んでないのでその辺は分からない。この2人随分仲悪そうです。この作品に関しては網野一郎という青年がイイ味出してました。助手の方が使える存在、というのも珍しくはないんですが、コミカル感覚満載で楽しい1編に仕上がってます。

(20030118)


「妖精悪女解剖図」(角川文庫)

霧をつむぐ指/らくがきの根/濡れた恐怖/手袋のうらも手袋/鏡の中の悪女 以上5編収録

 解説に鏤められている都筑道夫の小説教室での言葉、

>確かに、ストーリイさえおもしろければ、語り口が下手でもかまわないという考え方もありますけど、プロの作家として、長く書きつづけていこうというのなら、それではすぐに行きづまってしまいます。本当におもしろいストーリイというのは、プロでもそう簡単に、考えつくものではありませんからね。ありふれた話でも、書き方のうまさで読ませる、そうしたテクニックが必要になってくるんです

 ここに都筑道夫の小説に向かう姿勢が感じられます。まあ、ネタ的にはどうでもイイものでも書き方次第で物語に仕立て上げられるという感じなんですが、それを自覚してるのもまたプロです。

 ストーリー的に何かしら奇抜なアイデアを毎回導入するというのは難しいです。特にミステリのトリックあたりはドコドコ降ってくるようなものでもないですし。そこで、決して開き直りではなく、文章技術そのものを高めて、どこかで使われてるようなネタでも語り方で小説に仕立て上げるというスタンスを取る。一発屋で終わらせない為には重要な心構えに感じます。

 この短編集も、グイグイ読ませます。宮部みゆきもそうなんですが、どんな作品を書いても小説自体が上手いので楽しめます。ていうか、むしろこうしたサラリと書かれたであろう小咄っぽい都筑作品の方が自分の好みだったり。

(20030118)


「西洋骨牌探偵術」(光文社文庫)

鍬形修二はカード占いを生業とする。死んだ兄の書斎のなかにアメリカ製のタロット・カードと英文の解説書があったので、独学でにわか占い師をはじめることになったのだ。これが面白いほど当たる。客の相談事次第では、つい親身になって、私立探偵に早変わり...。

腎臓プール/亭主がだんだん増えてゆく/アドリブ殺人/赤い蛭/ガラスの貞操帯/二重底/空前絶後、意外な結末 以上7編収録

 タイトルなどから1冊丸ごと鍬形修二の連作ものと思い読んだのですが、ラスト2編は無関係でした。「二重底」読み終えてから『鍬形出なかったじゃん!』と気付きました。

 というワケで、最初の5編が「鍬形修二」を探偵役に据えたシリーズです。ていうかこの主人公、片岡直次郎同様エロいんですけど。しかも中年のエロさです。都筑道夫、著者近影で人のよさそうな学者見たいな顔してますが、むっつりスケベなんでしょうか。

 鍬形修二は、タロット占いやっていながら自分ではまるで信じていないというのが素敵。作者自身がタロットに詳しくない故にこうした設定になったのかな、とも思ったのですが、都筑道夫はこうした遊びに詳しい気がするので違うかな。

 「腎臓プール」では本格の様相を見せていますが、「ガラスの貞操帯」あたりはかなり偶然に支配されてるので本格と言いにくい。

 この短編集はノンシリーズの2編の方が僕の好みでした。「二重底」は漫画家を扱っていて、都筑道夫の興味の多方向性を伺わせます。ラストの「空前絶後、意外な結末」はホントそのタイトル通り。

(20030118)


「猫の舌に釘をうて」(講談社文庫)

最愛の女有紀子が友人塚本の妻になるや私の塚本への殺意はおさえられなくなった。だが殺せば有紀子も不幸になる。そこで考えたのが代償殺人行為だ。行きつけの喫茶店の常連に塚本そっくりの男がいる。彼のコーヒーに“毒”を入れよう!!

 この作品は結構評判がいいのか大衆文学館で復刊もされていましたが、今回読了してみて、騒がれるほどのものとは思いませんでした。上に引用した口蓋からして無茶に思えます。代償殺人って。そんなので溜飲が下がらんだろ。

 主人公が犯人/探偵/被害者の3役となる、そんな不可能ぶりも売りの一つなんですが、結局その設定自体が不可能でした。一応3役になるように説明付けられていますが、全くスマートじゃない、ゴテゴテの3役ですし。

 他の売りとしてメタ小説という面もあるんですが、今日日のメタが氾濫してる出版模様から逆にメタもういいよと満腹気味だし、メタものとしては走りゆえに、薄い。解説を読んだ感じでは私小説的な、モデルありの内容の様子ですが、それほどこの作者に入れ込んでいないのでそこに興味を持って読むコトも難しい。

 正直、他の本格を書いてる片手間に、かなりテキトーに書いた作品なんじゃないのかとさえ思いました。

(20030118)


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