連城三紀彦


 かなり好きな作家です。お気に入り作家を3人挙げよと言われれば、この人余裕で入ります。どの辺が好きかと言われれば、どんでん返しが凄い。もう集約すればこの一言で終わりです。ミステリに対して、自分が一番何を求めて読んでいるか考えると、騙される快感、これが最大です。オチが途中で分かるよりも、騙された方が嬉しい。そして連城作品は、その騙しが非常に自分にマッチしています。

 長編作品では、グリングリンどんでん返しが続く目眩感。短編では、スマートにラストでくっきり白黒が反転する鮮やかさ。どれもこれもが見事としか言い様がありません。

 よくよく考えると、実際問題として一見かなり無理のある展開が見られるんですが、文章がとても端麗で、その端麗さのあまり違和感なく読んでしまいます。これは純粋に文章力の凄さと思います。

 騙し、に関しても、心理戦が多いのが好みです。登場人物誰も彼もが無駄なまでに達観した考えの持ち主ばかりで、そんな連中による超騙し合い。

裏の裏ばっか読んでないでもっと楽に生きろって。

 精神戦、かなり詭弁入ってますが、先に述べた文章の端麗さで詭弁を詭弁と思わせない。ギリギリですが。

 というワケで、連城は僕的に非常にお気に入りな作家です。

(20010503)


「年上の女」(中公文庫)

ひとり夜/年上の女/夜行列車/男女の幾何学/花裏/ガラス模様/時の香り/七年の嘘/花言葉/砂のあと 以上10編収録

 連城作品は心理の不明瞭さを小説として上手く使ってるものが多いです。ある行動に対しての心理的な意味合い、どんな考えからそんな行動をとったのか、これが、最初に読者が想像する意味合いと正反対の意味合いに翻る瞬間が上手いです。

 最初に想像するってのも作者がそう思わせる流れを確信犯的に作っているのですが、そこが非常に上手いです。

 山田風太郎作品も、人の心が翻るオチを最後に設けるものが多く、僕がこの二人の作家を好きなのはその辺の逆転の鮮やかさに惚れ込んでるからじゃないかなあ、とふと思った。小説はハッタリですが、そのハッタリをどれだけ自然に語れるかが作家の力量です。

 この短編集ではとりわけ「男女の幾何学」が連城節全開。僅かな登場人物で幾度も関係図が塗り替えされる手際は流石。著者の長編「恋」が一番印象としては近いです。

(20021124)


「密やかな喪服」(新潮文庫)

白い花/消えた新幹線/代役/ベイ・シティに死す/密やかな喪服/ひらかれた闇/黒髪 以上7編収録

 一連の連城作品の中でも異色な存在なのが「消えた新幹線」。何か連城っぽくないなあと思ったら、これ探偵役がはっきりしてます。連城作品にはシリーズものがほとんどなく、更にはどの作品にも明確な探偵役がいないのが特徴というのに気付きました。そこが予断を許さないストーリー展開に繋がっています。

 「ひらかれた闇」も異色な印象なんですが、こちらはライトノベル風味という読感で異色。この短編集ごと微妙に異色なんだろうか。

 連城作品は面白いのに感想が書きにくいです。面白さの共通項目がほぼ等しい、それでいて毎回騙されるという作品が目白押しです。あと登場人物の言い回しが壮絶なのがツボです。

>「奥さんはこの髪に心臓の音を残しているから......髪に奥さんの動悸がきこえるから...」(「黒髪」P256)

 などという大袈裟な言い回しですね。こんな芝居掛かった発言を現実世界でしたら電波扱いですが、小説ではこういうのが好きなんです僕。

(20030211)


「宵待草夜情」(新潮文庫)

能師の妻/野辺の露/宵待草夜情/花虐の賊/未完の盛装 以上5編収録

 これ全部イイ。更に言えばラスト2編は僕のオールタイム短編ミステリを選んだなら双方共にベスト5に入る作品。陶酔のあまり、まともな文章出てこないです。

能師の妻<第一話・篠>

 意志の壮絶さが伝わるという点では収録されてる5編中ではベスト。同様のラストをネタにしてるのが筒井康隆作品にもあり恐怖の演出に一役かってましたが、こちらはとにかく意志の強さが強調されています。能の世界を舞台に、母と養子の倒錯した関係が妖艶さを醸し出しています。この作品はミステリ部分よりもこの異様な雰囲気に飲まれます。

野辺の露<第二話・杉乃>

 枠は極めてオーソドックスなのに文章の美麗さで小説の完成度が高まっています。ラストが重いのは、心情を描くのが上手いからでしょうな。登場人物がコマに過ぎない本格書きならもっとあっさりした読後感になるんですが。

宵待草夜情<第三話・鈴子>

 本格ミステリの小道具としてのあるトリックが明確に収められている作品ですが、それ以上に恋愛小説の色合いが前面に押し出されてる感じ。この短編集の表題作にもなってる作品ですが、解決の曖昧さがちょっと衝撃を緩和してるかも。

花虐の賊<第四話・鴇子>

 連城マジックとも言える『逆転』が美しさ、意外性、合理性全て兼ね備えて開花してる1編。動機という不明瞭な部分がキモになってるかも知れない作品ですが、動機に照準を当てたミステリは作者の独り善がりな理由付けばかりと考えてる僕でも凄みを感じました。やはり詭弁を文章力で説得力を持たせるコトが出来る作家はこの人がダントツ。

未完の盛装<第五話・葉子>

 5編のラストを飾るのに相応しい複雑さ。並の作家なら長編でもこれだけのプロットを立てるコトは出来ない。それを短編でやっちゃうんだから、もう! もう! 収斂の見事さ、登場人物の使い切りなどとことん上質。

(20030211)


「もうひとつの恋文」(新潮文庫)

手枕さげて/俺ンちの兎クン/紙の灰皿/もうひとつの恋文/タンデム・シート 以上5編収録

 この5編では「俺ンちの兎クン」が特に好み。短編でこれだけの鮮やかな逆転を書けるのはやはり連城がずば抜けてます。『こんな中学生いないよ!』とも思えるんですが、文章の流麗さであり得ないシチュエーションに説得力を持たせてしまう力量は流石です。

 この5編は恋愛小説の色合いが強く、特に「手枕さげて」あたりはミステリ部分にほとんどこだわってない作品です。

(20030211)


「暗色コメディ」(新潮文庫)

デパートで夫と逢引しているもうひとりの自分を目撃した妻。自殺しようと飛び込んだトラックが消えてしまった画家。一週間前に自分が交通事故死したことを妻から知らされた葬儀屋。妻が別人にすり変わってることに気がついた外科医---。
四つの別々の場所で起こった四つの事件がからみあい、ひとつに結ばれていく。浮かび上がる過去の殺人事件。

 連城三紀彦の初長編作。再読して気付いたんですが、僕初読の時何を読んでいたのかというぐらい内容を覚えていませんでした。上質のミステリの大オチをド忘れしてるってどういうコトか。

 初期の長編作品なので、それゆえか「連城節」がまだ完全には確立されてなく、ミステリという枠で表現されています。上に引用した裏表紙口蓋なんか島田荘司を思わせる不可能状況4連発で凄いんですが、もっと凄いのは『4つのうち3つがホントにただの精神病患者の妄想で片付けられる』コトです。そういう意味では、この口蓋はちょっとアレかも。

  解説で田中芳樹が触れていますが、連城作品は主観と客観の逆転が上手い。登場人物、主に主人公の主観を読者の主観にいつの間にか重ねさて、それを覆えす瞬間が上手い。まだこの「暗色コメディ」ではミステリのフォーマット(具体的にはトリック入れて)に則ってるという感じでミステリ作家の気負いが感じられますが、作家史において途中からトリックを別に設けるコトもせず(いうなればミステリ作家という肩書きにこだわらず)、この『主観と客観の逆転』を作家の武器にする方向へ変化したように思えます。この変化は非常にイイ。

 心理面/主観というのは恣意の介入する余地を持つ部分です。それゆえ、文章力があれば幾らでも逆転形式の物語を紡げるコトが可能。トリックが尽きて何も書けなくなるというコトはない。あくまでも文章力があれば、です。

 以前僕は春日武彦「ロマンティックな狂気は存在するか」で心の問題を恣意に扱うコトの危険性を感じたのですが、連城小説は確かにその危険性を孕んでいながらも、逆転を描くエンターテインメントとして昇華されている、と思います。

(20030211)


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