貫井徳郎


「慟哭」(創元推理文庫)

連続する幼女誘拐事件の操作は行きづまり、捜査一課長は世論と警察内部の批判を受けて懊悩する。異例の昇進をした若手キャリアの課長をめぐり、警察内に不協和音が漂う一方、マスコミは彼の私生活に関心をよせる。こうした緊張下で事態は新しい方向へ!

 デビュー作で、あまりの受けの良さに2作目のプレッシャーが凄まじかったと作者が語る作品です。警察の内部抗争/キャリア問題などが語られてるので「新宿鮫」を読んでいた自分には無理なく物語に入り込めました。

 新本格系の一発トリックが仕掛けられているんですが、素敵に驚かせてくれます。捜査ものは主人公への感情移入が高まり、それゆえのラストのこのオチが効果的になっています。

 長編の物語には登場人物の成長が描かれると言われます。が、「成長」というのは何気に恣意的な言葉です。成長したのか退化したのか、受け手によって異なります。なので、成長ではなく、「変化」という言葉を使った方が安全です。長編は、変化が描かれる物語です。

 その変化も見せ方一つでこれ程衝撃的な作品に料理できるのかと思わせた1作でした。トリックに奉仕する為の要素に終わりそうな部分を、感情移入させる文章力でそれだけにさせてないのが凄いです。

(20030113)


「迷宮遡行」(新潮文庫)

平凡な日々が裂ける---。突然、愛する妻・絢子が失踪した。置き手紙ひとつを残して。理由が分からない。失業中の迫水は、途切れそうな手がかりをたどり、妻の行方を追う。彼の前に立ちふさがる、暴力団組員。妻はどうして、姿を消したのか? いや、そもそも妻は何者だったのか?

 1作目と作風を変え、「トリックを中心に据えないでプロットで意外性を導き出す話」を試みた作品。ハードボイルドタッチな小説展開を見せ、解説に選ばれたのが法月綸太郎なのも何だか分かる作品です。「慟哭」のような感じのを期待していたら肩透かしを喰らいそうですが、僕はこっちの方も好きです。

 こうした作品は小説自体で読ませる必要があるんですが、非常に上手く出来上がってると思います。主人公の迫水がヘタレで楽しいです。このコミカルぶりで、ラスト1アイデアオチじゃなくても、過程そのものが面白く読めます。

 この方向で小説を面白く書けるのなら、小説自体が上手いコトになるので、力量という面ではもう保証されている人に思えます。

 まあ、この文庫で一番面白かったのは、法月綸太郎の解説が法月自身に読ませたいような内容だったというコトなんですが。

(20030113)


「鬼流殺生祭」(講談社ノベルス)

時は維新の騒擾未だ収まらぬ明嗣七年、帝都東京で不可解なる事件が発生した。雪に囲まれた武家屋敷で、留学帰りの青年軍人が刺し殺されたのだ。その友人で公家の三男坊、九条惟親は行きがかり上、事件の解決を依頼された。調査を開始する九条のまえに、謎はより深淵なる様相を明らかにする。犯行は如何にしてなされたのか? そして、秘密裏に行なわれた奇妙なる宗教儀礼は何を意味するのか? 困惑する九条は変わり者の友人、朱芳慶尚に助言を求めるが......!?

 ノベルス版で読んだのですが、裏表紙の推薦文が山口雅也と京極夏彦。山口雅也が本格のハットトリックと表現していますが、その辺は真剣味なく読んでいたのであまり分からず。フーダニット/ハウダニット/ホワイダニットの3つが絡められてるとかそんな感じらしいんですが正直どうでもイイ感じで読んでた。

 京極が推薦文書きに選ばれたのは作品を読み始めて序盤で何となく理解できました。探偵役/朱芳の造型が中禅寺を思わせます。明嗣(パラレル明治)という過去に今の知識を持っていってみるという形など。シュレディンガーの猫のくだりあたり特にそう感じました。

 が、終盤あたりから読み終えるまでで、最終的にこの作品(作風)には、横溝の血を感じました。何と言うか血統とか因縁とかそうしたギミックが金田一シリーズを思い出させました。何だか懐かしさを覚える作品です。もちろん悪い意味じゃないです。

 貫井作品を読んだのはこれが3冊目ですが、どれも作風が異なってます。そんな中でこの「鬼流殺生祭」が一番本格のコードに則っていると思いました。

(20030603)


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