川上弘美
●「椰子・椰子」(新潮文庫/絵:山口マオ)
「不条理」・「シュール」の一言で括られていても、吉田戦車の漫画とカフカの小説の間には妙な隔たりを感じるんですが、この作品がその隔たりを埋める位置にうまく収まると思う。読了後、まずそう思いました。
夢の中の出来事、ですね。あとがき対談にも「もともとこれは自分の夢日記から始まったもの」とあります。夢です。大前提としてあからさまな異常さがあるのに、それを全く受け入れて普段通りの日常の些末にこだわる、夢の中の自分。この面白み。
カフカの「変身」も、自分が毒虫に変貌しているという常識外れな前提を疑問にすら思わず受け入れた上で、(これではどうやって会社に行けばよいやら)などとセコい日常に拘泥してるところを面白がって読む小説なんですが、この「椰子・椰子」も同様。そして、こちらの場合、日記形式ゆえに一編一編が短いながらも、逆に非常に密度高し。現代感覚ではカフカよりも断然取っ付き易い。
川上弘美あなどれないっす。僕的に(この人誰?)って感じだったんですが、これからは注目していきます。
(20010515tu)
●「神様」(中公文庫)
くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである---四季おりおりに現れる、不思議な〈生き物〉たちとのふれあいと別れ。心がぽかぽかとあたたまり、なぜだか少し泣けてくる、うららかでせつない九つの物語。
神様/夏休み/花野/河童玉/クリスマス/星の光は昔の光/春立つ/離さない/草上の昼食/以上9編収録
というワケで、川上弘美作品を読んだのはこれで2冊目。正直もうこれ以上書くコト(感想)はないだろうと思っていたんですが、この作品集からは裏表紙口蓋にあるように、切なさを感じました。もちろん、前回読んだ「椰子・椰子」同様不条理感にニヤニヤしてくる話ばかりなんですが、それに加えてせつなさがある。「河童玉」のウテナさんが素敵。
ところでドゥマゴ文学賞・紫式部文学賞って、謎です。
(20011207)
●「物語が、始まる」(中公文庫)
物語が、始まる/トカゲ/婆/墓を探す 以上4編収録
相変わらずのシュールっぷりで面白いです。以前も書いた気がしますが、この作者の作品は大枠があり得ない設定で、それでいて細かい部分で現実的な心理が働く、言うなれば夢の中の出来事のような内容です。つまり不条理。きっとカフカの作品も訳次第でこれぐらい面白くなるんじゃないだろうか。訳以外にも時代性や文化の相違がユーモアの違いになってるかも知れませんが。
感想が書きにくいですね。この短編集では表題作にもなっている「物語が、始まる」が面白い上に切なさを含んでいて一番良かったです。
「僕は別にあなたに好かれようなんて思っていませんよ」
「僕がゆき子さんを好いているだけで必要十分ではありませんか、そうは思いませんか」
ここが激烈にかっこいい。クラっと来る。ああ、こんな台詞使いてえ。
(20030516)
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