ジョン・ディクスン・カー


●「不可能犯罪捜査課」(創元推理文庫)

新透明人間/空中の足跡/ホット・マネー/楽屋の死/銀色のカーテン/曉の出来事/もう一人の絞刑史/二つの死/目に見えぬ凶器/めくら頭巾 以上10編収録

 前半6編は、ロンドン警視庁D三課課長マーチ大佐を探偵役に据えたもので、このD三課ってのが総タイトルにもなっている「不可能犯罪捜査課」。お手上げ級の事件が投げ込まれる課です。

 カーのシリーズ探偵と言えば、ヘンリー・メリヴェル卿とギデオン・フェル博士が有名ですが、どちらも肥満体ってイメージしかなく、ぶっちゃけ二人の区別付きません、僕。んで、今回のマーチ大佐に関する風貌の描写なんですがこうなっています。

>そばかすだらけの顔をした、大兵肥満の、温厚そうな男(体重は238ポンド)

どうやらまた巨漢のようです。

何かこだわりがあるのでしょうか。道化や狂言回しイメージとか。太った男性が好きとか。

 んで、内容の方の感想ですが、僕的に「銀色のカーテン」がツボでした。ジェリー・ウィントンの目の前を歩いていた男が突如倒れ込む。近付いてみると男の首には短剣が突き刺さっていて、すでにこと切れている。背後を歩いていたジェリー・ウィントンに当然容疑が降り掛かるんですが、この解決が見事。タイトル「銀色のカーテン」が美しく決まっています。

 「ホット・マネー」あたりは外国の常識/ライフスタイルを下敷きにして書かれているので正直こんなの分かるかという感じでしたが、知らない常識が下敷きになってても、法律の穴をつく「もう一人の絞刑史」は作品内で書かれてる法律の知識だけで楽しめる作品。解けるかどうかは別にして、こういうタイプの「規則の穴」を見い出す展開は面白い。

 ラストの「めくら頭巾」は「謎→解決」の仕掛けてある部分を見誤って(というか怪奇を怪奇のまま流してる部分があった。そこも解決されると思っていた)、ちょっと宙ぶらりんな気持ちにさせられました。麻耶雄嵩「水難(メルカトルと美袋のための殺人収録)」的な書き方をしてたらもっと集中できたのに(笑)。

(02020306)


●「爬虫類館の殺人」(カーター・ディクスン名義/創元推理文庫

第二次世界大戦下のロンドン、熱帯産の爬虫類、大蛇、毒蛇、蜘蛛などを集めた爬虫類館で、不可思議な密室殺人が発生する。熱いゴム引きの紙で目張りした大部屋の中に死体があり、そのかたわらにはボルネオ産の大蛇が運命をともにしていた。そして殺人手段にはキング・コブラが一役買っている。幾重にも蛇のからんだ密室と殺人の謎に挑戦するのは、おなじみヘンリ・メリヴェル卿。

 いま文庫の裏に載ってる口蓋をタイプしてみたんですが、何か内容と違ってた気がします。蜘蛛は爬虫類じゃないとかそういうコトじゃなくて、これ間違ってませんか?

 爬虫類、奇術師という具合におどろおどろしい舞台装置がちりばめられた作品ですが、もちろん一番強烈な存在はヘンリ・メリヴェル卿。キャラを頭の中でイメージするとこいつだけ浮いてます。奇術師は男女二名が登場して、代々憎み合っているロミオとジュリエット的な家系。この二人の行く末も気になる展開です。いやホントは別に気にならなかったけど。

 密室で発見されたネッド・ベントンの死体が、自殺ではなく他殺と判断されたその理由が、「動物園園長のネッドは、蛇まで巻き込んで死ぬようなタイプではない」というもの。このような感じで、個々人の性格が物語(事件)の流れにしっかりと組み込まれている小説でした。

 密室トリック自体はどうしようもないものに思えましたが(ていうか最近のミステリで、密室事件が起きた時に、ワトソン役が可能性の一つとして持ち出す「過去の推理小説からの例」ですよね、コレ)、犯人の隠し方がとても上手かったです。僕、この人は容疑の圏外に置いていましたから。

(20020409)


「囁く影」(ハヤカワ文庫)

パリ郊外の古塔で奇妙な事件が起きた。だれもいないはずの塔の頂上で、土地の富豪が刺殺死体で発見されたのだ。警察は自殺として断定したが、世間は吸血鬼の仕業として噂した。数年後、ロンドンで当の事件を調査していた歴史学者の妹が何者かに襲われ、瀕死の状態に陥った。何かが“囁く”と呟きながら。霧の街に跳梁するのは血に飢えた吸血鬼か、狡猾な殺人鬼か?

 いや吸血鬼なワケないだろ。ミステリなんだし。と、幻想性をマジレスで台無しにしたトコロで、この作品は2000年に読者アンケート『読んでみたいハヤカワ文庫の名作』で2位に選ばれ復刊した1作です。昔ながらのベタな表紙での復刊です。

 これはカーの意図したトコロじゃないと思うんですが、変な部分で騙されました。ちょうど話題にしてた人物が偶然にも登場するという、そこに意味/何かしらの必然を感じていたんですが、これは単なる御都合主義だった様子。未だカー作品の世界観/設定を把握してないのがバレバレです、僕。

 作中で吸血鬼の存在に関してマジトークしてる登場人物がいます。無茶です。無茶に思ったのか、カーもあまりしつこくその部分(幻想味)を掘り下げていませんが。

 塔の密室も、囁く影の謎も、真相を知れば非常に綱渡り的でハラハラものです。密室トリックのほうは(これはカーの不幸さに繋がってるんですが)、例によって今日日のミステリではお馴染みのもので意外性は薄いんですけど。謎はシンプルなんですが、謎が如何に出来上がったかという解決部分で、カタルシス以上にハラハラ感のほうが高まりました。

(20030119)


「貴婦人として死す」(カーター・ディクスン名義/ハヤカワ文庫)

絶望へと続く二筋の足跡は、リタとサリヴァンのものに違いなかった。七十フィート下には白い波頭が果てしなく押し寄せている......リタは老数学教授の若き妻、サリヴァンは将来を嘱望された俳優だった。いつしか人目を忍ぶ仲となった二人の背徳の情熱は燃えた。破滅が来ることはわかっていたはずだった。しかし、まさか心中するなどとは。一見ありふれた心中の裏には、H・M卿も匙を投げかけた根深い謎が秘められていた!

 後半で明らかになるこの作品の構造が上手いです。主観と客観の差、一つの振る舞いをどう解釈するか、というのを物語に自然に溶け込ます結果になっています。こうした手法を使えばかなりの説得力を持たすコトが出来ますし、ミスディレクションの幅も広がりそうです。この辺は連城三紀彦が十八番にしてる小説作法なんですが。

 ただ、それを最初から知って読むのと知らないで読むのでは、やはり読み進めていく時の情報収集面でキツいものがあるかも。リアル世界なら最初から疑ってかかる部分でも、小説という形態なのでお約束として無条件に受け入れちゃうコトもあるし。まあ、それでもやっぱ絶妙な出来映えです。

 というワケで、H・M卿の登場シーンがやり過ぎにも思える1作でした。相変わらず不謹慎なぐらい一人で笑いとってます。

(20030119)


「死時計」(創元推理文庫)

月光が大ロンドンの街を淡く照らしている。数百年の風雨に黒ずんだ赤煉瓦の時計師の家、その屋根の上に蠢く人影、天窓の下の部屋では、完全殺人の計画が不気味に進行していた。表のドアがあけはなたれて、死の罠へおびきよせられた犠牲者の押すベルが鳴る......。階段をのぼる若い女の眼前に横たわった死体。かたわらには一人の男がピストルを手にして立っていた!

 これは犯人分からないだろ。理由は...誤訳かな? 創元推理は昔テキトーに訳したコトが(昔だからそれで通用していた)そのままになってるんじゃないのだろうか。「爬虫類館の殺人」の裏表紙口蓋でも疑問に思ったんですが、こっちは作中部分なので確実に問題ありそうです。それとも訳がおかしいのじゃなくて元々がおかしいのか。

 その部分を除けば、カー作品でもかなり楽しめた1作です。二階堂黎人が『これはさほどたいしたコトのない作品』と評していたのですが、僕、二階堂作品が波長に合わないのでじゃあ楽しめそうだと思って取りかかったんですが、やはり楽しめました。(※二階堂評価は上記の誤訳/アンフェアっぷりに起因しているのかも知れない)

 容疑者のキャラが明確で、さらにどいつもこいつも犯人に思えてならない(=どいつもこいつも犯人じゃないように思える)。特にヒスってる女性、あまりの身勝手な振る舞いに、心情的にこいつが犯人でありますようにと気持ちが傾くほどのキャラの立ちっぷりです。

 かなり多くの登場人物が出る作品ですが、それを纏めあげる終盤などカーは手際がイイ。「貴婦人として死す」といいこれといい、ミスディレクションの上手さを感じます。犯人の隠蔽に直で影響してる誤導です。ちなみにこの作品、解説は先に読まないほうがイイです。直接的にネタを割ったりはしていませんが、読み手の意識をある点に集中させます。

(20030119)


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