氷川透


●「真っ暗な夜明け」(講談社ノベルス)

推理小説家死亡の氷川透は久々にバンド仲間と再会した。が、散会後に外で別れたはずのリーダーが地下鉄の駅構内で撲殺された。現場/人の出入りなしの閉鎖空間。容疑者/メンバー全員。新展開/仲間の自殺!? 非情の論理が唸りをあげ華麗な捻り技が立て続けに炸裂する。

 あまり騒がれていないですが、この作者にはかなりの力量を感じました。実力派です。悪名高きメフィスト賞出身ってのがイマイチ知名度が高まらない理由だろうか。メフィスト賞って何だか微妙な扱いですな。賞をとれば本として出版される、でも本読みには「メフィスト賞でしょ?」と端から敬遠されがち。

 クイーンの血統を感じました。探偵役の物の考え方など非常に好ましいし、物語の運び方も新人離れしてます。そして本文中にあるこの部分、

>「コムロの曲がみんな同じだって?(中略)むしろ興味深いのは彼の曲って、どうやって作ったのかプロシジャが露骨に透けて見えることだね。彼の作曲は、きわめてルーティンなパターンに則った作業にちがいない。才能もひらめきも必要ない。それにくらべて、たとえば宇多田ヒカルなんて、感覚は斬新だけど作曲の方法論そのものはものすごく伝統的だろう?(P27)」

 とんがってます。これって音楽シーンを揶揄してる文章なんだけど、その実今のミステリシーンへの作者の方法論の表明にも感じます。新人の立場で露骨に「自分は推理小説界の宇多田でいきます」なんて大胆なコトも書き難いから、ちょっと誤魔化してるような。「伝統的な方法論」ってのは勿論エラリー・クイーン、「感覚は斬新」ってのは現代的な文体、で。

 もう一ケ所、最近よく考えてるコトを上手く言い表わしてる部分があり、妙に感動した箇所がありました。犯罪者の動機についてです。心の介入している以上、動機なんて分からない。クイーンを純粋にパズル的に読むとぶっちゃけた話結局動機は判断材料として不要、度外視していいのでは? そんな風に考え始めているので(いや物語の深みとしては勿論必要です)、

>「完璧な証拠なしに犯人を指摘したとき、探偵役がしばしば直面する反問は「動機」だ。(中略)ぼくの持論から言うと、動機で犯人を決めるなんてナンセンスだ。人には他人の心は理解できないのだから、どんなに優秀な探偵でも、犯行の動機なんてわかるわけはない。(P313)」

この部分、非常に入りました。

(20010504改)


●「最後から二番めの真実」(講談社ノベルス)

女子大のゼミ室から学生が消え、代わりに警備員の死体が。当の女子大生は屋上から逆さ吊りに。居合わせた氷川透はじめ目撃者は多数。建物出入り口はヴィデオで、すべてのドアは開閉記録で見張られている万全の管理体制を、犯人と被害者はいかにかいくぐったか? 奇抜な女子大生と氷川が究極の推理合戦でしのぎを削る!

 背表紙の『本格の極北』ってのは何でしょうか。極北ってイイ意味なのか?

 この作家の作品は文章が心地良いです。作中氷川の思考は、割と本筋と異なる寄り道にこまめに迷い込むのですが、その辺も苦痛にならない。ていうかそれがかなり楽しい。作中氷川の段階段階での推理も読んでてシンクロする場合が多く、つまり「僕は神だ」的な探偵ではなく、極々普通の一般人感覚を漂わせています。答えをわかってて出し惜しむ探偵ではなく、キャラの性格上、慎重で、なかなか断定しないのがイイ。

 タイトルと密接に絡んでいる「後期クイーン問題(ゲーデル判定版)」を、序盤とても分かりやすく書いてるのがありがたかったです。何だかこの辺から作者の法月倫太郎嗜好が見受けられ、法月ファンとしてはうれしいし、氷川ファンになるに充分なものです。

 エキセントリックな女子大生のモデルは森博嗣なんじゃないかなあ。「Xの悲劇」を推理小説と知らずに読んだ森博嗣。

(20020319)


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