鮎川哲也


●「ペドロフ事件」(光文社文庫)

巨額の財産を狙った殺人か? 旧満州、大連近郊でロシヤ人富豪イワン・ペトロフが撃ち殺される事件が起きた! 容疑者は三人の甥、アントン、ニコライ、アレクサンドルとその恋人たち。だが、彼らには一人残らず堅牢なアリバイがあった! 鬼貫警部は得意のロシヤ語をあやつり、粘りづよく捜査する。......はたして満州の時刻表は何を語るのか?

 時刻表トリックはどうも自分の嗜好に合いません。ミステリのカタルシスとしてどんでん返し/犯人暴き、この辺に重きを置くタイプなので、時刻表が出てきたらもうアリバイ破り(=犯人は確定済みが全てに思えてくる偏見が自分の中にあるのかも知れません。現実問題として、僕はめんどくさいので時刻表を何度も見ないという自分勝手過ぎる理由があるからです。

 そんなワケでこの作品、裏表紙の紹介文から時刻表トリックのアリバイ破りモノと捉えて少々イヤイヤ読み始めました。序盤にてアントンが伯父の家に向かう経路・時間が異様なまでに克明に語られるのでもうコイツが犯人でそれをどう落とすか、そこがひたすら追跡/捜査されると思っていたんですが、途中から更に殺人動機が充分にある2人の甥が登場するのでフーダニットの味わいも加味されます。これは嬉しい誤算です。まあ、それでもアントンが怪しいのに変わりはないんですが。

 読了して、この作品は真犯人に果して読者が辿り着けるのか、と思いました。出揃った情報で暴き出される答えはダミー止まりで、ひょっとしたら真犯人部分は、物語に深みを与えるプラスアルファぐらいのものなのかも。ただ、このプラスアルファでこの作品に凄みが加わっています。

 あとがきで鮎川哲也はクロフツ作品を引き合いに、

>メモをとりながら読んでいくうちにアリバイ物の面白さが解るようになって、やがてその虜になってしまった。

と語っています。やはり僕の読み方はアリバイ物の味わいを充分引き出して楽しんでるとは言い難いです。

(20010113)


「人それを情死と呼ぶ」(光文社文庫)

人は皆、警察までもが、河辺遼吉は浮気の果てに心中したと断定した。......しかし、ある点に注目した妻と妹だけは、偽装心中との疑念を抱いたのだった! 貝沼産業の販売部長だった遼吉は、A省の汚職事件に関与していたという。彼は口を封じられたのではないか? そして、彼が死んでほくそ笑んだ人物ならば二人いる。

 鮎哲はどうも文体が性に合わないです。こういう文体が時勢の要請だったのか、それともこうした感じにしか書けないのか(二階堂黎人の文体も僕どうにも妙な感じを受けます)。丁寧な地の文や空々しい会話が微妙に子供向けに思えて、それでいて綱渡り的なパズルを描いてると言う謎の違和感。

 鮎哲と言えば本格、さらに狭めれば多くがアリバイもの。アリバイものは地味な印象を持ちます。フーダニットのような「こいつが犯人でした」的カタルシスが薄いです。本格(パズル)としての作者の苦労は同等なんでしょうが、読者的にラストのサプライズ度数が薄いです。怪しいヤツのアリバイを崩す過程がパズルになってるんですが、この段階で犯人に驚くラストに期待できないという弊害があります。

 で、この作品にもアリバイ崩しがありますが、どいつのアリバイが崩されるのかが不明瞭なのが、犯人に驚ける余地を少し残しています。

 ラストが切なく、パズル部分よりも物語的な部分の方が楽しめた、かな。

(20021218)


「沈黙の函」(光文社文庫)

函館で珍しい蝋管レコードが発見された。中古レコード店の経営者が引き取りに出かけるが、彼はレコードを函館駅から発送したまま行方不明に。上野駅に到着した梱包を開いてみると、中からレコード店主の生首が...!

 裏表紙口蓋、上の引用に続けて更に『代表作「黒いトランク」に勝るとも劣らない本格推理問題作!!』とあるんですが、その辺どうなの?

 鮎哲の作風や、途中で東北の路線図が挿入されたりするんでアリバイ崩しに含まれるのかなあ。まあ、路線図は、最終的にほとんどなくても構わないラストになるのでこの辺は水増しにも見えます。丸ごとミスディレクションだったという好意的な見方も出来ますが。

 レコードに関する衒学が爆発してますね。あとがきも付けてるので作者的に語りたかったトコロなんでしょうか。あとがきはレコードというよりある女優に付いての自虐ネタなんですが。

(20030213)


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