綾辻行人


 島田荘司が仕掛けた『新本格』の先陣をきって登場した綾辻ですが、エッセイ等から見受けられるその人物像/印象は、何だか弱そうな感じ。取り分けここ数年は、新作がなかなか出ず、「このミステリーがすごい!」などで稀に知るコトができる近況を読むに、スランプです書けませんどうなるでしょうかと、そんなんばっかでもう何だかただの鬱病患者。

 竹本健治「殺人ライブへようこそ(徳間文庫)」の解説を大森望が書いているんですが、同人誌で書かれていた『京極堂キャラに新本格作家陣を見立てた会話』について語っています。そこで誰がどのキャラになってるかと言えば、

中禅寺が竹本健治、榎木津が麻耶雄嵩、木場が我孫子、いさま屋が法月、そして関口巽が綾辻。

やっぱ綾辻には鬱病イメージがあるようです。

最近書けなくなってきたってのは何なんでしょうかね。勝手な推測をするなら、新本格開幕当時は、ある意味原点回帰たるこのジャンルのハードルが低かったんだけど、今では数多くの実力を持った作家が登場してきて、『自分いなくていいじゃん』との思いに囚われてる(自分に自信が持てなくなった)のかも、などと失礼なコトを考えてしまいます。著作も、何となく似てるおどかし方もあるので、意外と手札自体は少なく、その辺に悩んでるのかも。失礼上塗りです。

 どうしても書いて欲しい場合、綾辻の著作は古本屋で買うようにするのがイイかも。古本屋なら印税に影響がないので彼の収入になりません。売れ行きが悪くなれば食うに困って執筆するかも知れません。って刷られまくってるのでこの作戦は無意味ですが。

 綾辻は自作をとても大切にしてる感じがイイですね。一作一作を子供の様に大事にしている。例えば、森博嗣の場合は自作を「売れるアイドル」に作り上げている印象です。それも大切にしているには違いないんですが(実際僕森博嗣の作品好きですし)、事務所の社長的イメージがどことなくあります。綾辻の場合はダメな子供も含めて大切にしてる感じ。


●「十角館の殺人」(講談社文庫)

 デビュー作。「新本格」で括られている綾辻ですが、「本格」、つまりクイーン型の論理論理したパズル形式作品は彼の本領ではないと思います。本格回帰といっても綾辻の本格へのアプローチの仕方は、二階堂黎人とも有栖川有栖とも異なり、「ラストの驚かし」命張ってる感じ。綾辻自身が今まで本格を読んできて、その部分に期待を置いてきたのでしょうね。僕もラストのどんでん返し好きなので勝手にそう考えてみました。

 この「ラストの驚かし」以外にも本格と呼ばれる作品の形式を採ってはいますが、実際のトコロそれは雰囲気を出す為の小道具ぐらいでしかないと思います。途中に組み込まれたヒントを元に犯人を割り出すパズルではなく、ラストにどうひっくり返してくれるかワクワクしながら読む感じです。

●「水車館の殺人」(講談社文庫)

 本土と島の2つの舞台が扱われた前作に続き、今作では過去と現在が交錯します。綾辻のもう一つの嗜好「幻想的雰囲気」がラストに敷かれます。

●「迷路館の殺人」(講談社文庫)

 作中作といい装丁といい、この辺はもうアイデアガンガン出してとても楽しんで創作に向かってる感じが伝わってきますね。

●「人形館の殺人」(講談社文庫)

 きっとミステリに関わる者誰もが一度は考え、放棄するネタ。この作品で扱ってる事件は、長期に渡る期間が描かれている/今までの「吹雪の山荘」的シチュエーションとはうって変わって開かれた館(幾らでも警察が介入する)/そして何よりオチ、など悉く館シリーズでは異色のものになってます。シリーズものでも別に順番に読む必要はないのかも知れませんが、こればかりは1発目に読んでもワケが分かりません。今作の閉ざされた館は、別のトコロにある。

●「時計館の殺人」(講談社文庫)

 タイトルが単純に館の名前に留まらず、内容にまでしっかり密着してる作品。

●「黒猫館の殺人」(講談社文庫)

 何気にスケールデカいんですが、ちょっとこじんまりした感じを受けました。メイン1発じゃなく、小ネタを2つ3つ入れた長編という印象。

●「霧越邸殺人事件」(新潮文庫)

 この作品を読んだ時『綾辻はRPG世代だもんなあ』と思いました。犯人の語りにRPGのラスボスのセリフみたいな印象を持ったので。

●「殺人方程式」(光文社文庫)

 綾辻のミステリの本領は論理的な「詰め将棋」ではなく、やはり「サプライズエンド」にあると思います。んで、この小説は「読者への挑戦状」が挟まれている、いわゆるクイーン的なものになっています。「新本格」と称されている作家なので、こういった作品の依頼が来たんでしょうが、やはり本領じゃない。ていうかこういうの書くの苦手だと思いますよ。

●「殺人鬼」(新潮文庫)

 ホラーってほとんど恐くないってのが僕の印象。どうにでも展開できるので、難しいジャンルだと思います。んで、『恐くない』という感想に対しても作り手は『それは感受性がないから』という逃げ口上があるのが何だかタチが悪い。というワケでホラーには驚き(更には面白さ)を求めない自分ですが、この作品はミステリとしての仕掛けもあるので楽しめました。

 穿った見方をすれば、世界観の設定が解放的過ぎて逆にハードルの低いホラーというジャンルなので、ミステリ要素を入れればかなりの作品になれる、という気もします。とか書いたけど、綾辻はホラー作品を心から愛してるのがエッセイなどからひしひし伝わるので、ホント穿った見方でした。

●「殺人鬼2」(新潮文庫)

 これは前作「殺人鬼」と世界観を共にした続編なんですが、非常にしょうもないです。一応「驚かし」は入ってるんですが、小技程度のもので、長編に使うようなものではないです。ホラー(これはさらに限定して言えばスプラッタ)の持つ、血が飛び交うだけのアホなノリしか感じませんでした。前作「殺人鬼」と比べるとどうしてもダウンしてます。低い山(ホラーというジャンル)ではこの程度のネタで充分だろうとか考えたりしての変更だったら悲しいです。

●「緋色の囁き」(祥伝社ノン・ポシェット)

 「館シリーズ」よりもこの「囁きシリーズ」の方が好きです。サイコ・サスペンス調なシリーズです。「犯人は誰だ(フーダニット)」が最大のオチとは限らない、ラストに何かしら大きなサプライズが仕掛けられています。そういう部分油断が出来ません。

 この「緋色の囁き」は、小説全体に漂う「緋色」の強烈なイメージが素敵。

●「暗闇の囁き」(祥伝社ノン・ポシェット)

 ある意味ユルめの「占星術殺人事件」という印象。これ別にネタバレになってませんよね? ていうかそんなコト考えるの僕ぐらいでしょうから。

●「黄昏の囁き」(祥伝社ノン・ポシェット)

 綾辻作品は映像化がしにくいと思うんですが、この作品なんてまさにそれ。

●「フリークス」(カッパノベルス)

夢魔の手-三一三号室の患者-/四〇九号室の患者/フリークス-五六四号室の患者- 以上3編収録

 畸形も好きですね、綾辻。「孤島の鬼」に衝撃を受けた一人だと思います。この3作はどれも初出が「EQ」というミステリ専門誌なので、容れ物に騙されそうですが実際はミステリしてます。「殺人鬼」同様、他ジャンルからミステリにアプローチしています。

 ラスト1発どんでん返しだけに留まらない、途中で何度もひっくり返るのが楽しい「四〇九号室の患者」がお気に入り。

●「眼球綺譚」(集英社)

再生/呼子池の怪魚/特別料理/バースデープレゼント/鉄橋/人形/眼球綺譚 以上7編収録

 7編全てにゆいという名の別人女性が登場。この辺はお遊び的ギミック。着地のあるホラー短編集という感じでしょうか。ホラーでも、「To Be Continued?」なラストではなく、ホラーなりのルールで落ちがあります。 

●「アヤツジ・ユキト1987ー1995」(講談社)

 これはデビュー以来1995年まで綾辻が書き記した小説以外の文章を収めたファン向けとも言える一冊。これを読むとホント綾辻が自作をどれもこれも子供の様に大切にしているのが伝わります。

(20020127)


●「どんどん橋、落ちた」(講談社ノベルス)

 クイズに多少の物語性を肉付けした感じの短編集。

 清涼院流水が登場した時きっと綾辻はイラだったんじゃないでしょうか。でも、そのイラ立ちを言葉で言い表わそうとすると、かつて自分がバッシングとして受けた言葉にしかならない。「嫁はいつしか姑になる」感覚に陥り愕然とする。そして書けなくなったのかも知れません。と、また失礼なコトを考えてみました。

 でも、清涼院流水は納得がいかないのに僕的にこれ(どんどん橋、落ちた)はアリと思うのは何故だろう。流水がシニフィアンいじりだけでいつも終わって、挙げ句鼻高々なあとがきを書いてるから、かな。

○どんどん橋、落ちた

 綾辻行人の元、ミステリ研の後輩と思しき青年Uが現れ、Uが執筆した「どんどん橋、落ちた」という犯人当て推理小説で綾辻に挑戦、という形態をとってます(次のぼうぼう森も同様)。

 えー、分かりませんでしたが、面白かったです。ちなみに収録されてる5編、全部犯人当てれませんでしたので、僕。

○ぼうぼう森、燃えた

『育ててもろた恩義は感じる。そやけど、それとこれとはまた別や(作中タケマルの台詞より)』

作中綾辻が「ロス」をバーナビイ・ロスロス・マクドナルドダブルミーニングだろうと考えるシーンがありますが、ウソつけ。トリプルミーニングだろ。ロス在住の新本格仕掛人も含まれてるだろ。上に引用したタケマルの台詞といい。  

○フェラーリは見ていた

 5編中ではちょっとパンチの足りない作品かも。「U山氏」ネタ満載で、竹本健治の「ウロボロス」風味がしますが、作家ならまだしも担当なんてどうでもよすぎです。

○伊園家の崩壊

 モデルとのギャップだけで充分楽しめます。特に育男がヒドい。

 そういやこの5編、伏線をキッチリ説明する辺りに麻耶雄嵩「ノスタルジア(「メルカトルと美袋のための殺人収録」)」を思い出しました。

○意外な犯人

 ラスト、2段構えになっていますが、1段目にすら辿り着けなかった自分。

(20020321)


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