アナザヘブン(映画版)


 以下、余裕でネタバレしてる(ナイトヘッドも含めて)のでよろしく。

 もうテレビオンエアされるぐらい期間が経っていたのですね。劇場に足を運んだのがつい昨日のようです。もちろん今のは大袈裟に言ってみました。そういやR指定だったのに子連れがいたのが印象に残ってます。んで、映画館で観終えた時は、

「いやあ、朝子(市川美和子)ブスだったね」

これだけを肴に4時間以上呑みましたが、今回改めて観て気付いたのが、飯田譲治作品に通じる「進化」と「悪意」の融合です。

 謎の存在であるナニカの正体は、悪意に満ちた世界を求めて現代に落ちてきた未来の人間。「ナイトヘッド」のラストは輝かしい可能性としての未来(ミサキ)、肉体から開放された精神のみの存在である人間世界の可能性を描いての締めだったのですが、この「アナザヘブン」で飯田譲治はその自ら描いた可能性の裏面/ダークサイドを描いていたのに気付きました。

 悪意のない世界に何の楽しみがあるだろう。そう思う人間はいる。

これは「ナイトヘッド」の延長にしてアンチテーゼでもある作品に思えました。

ラストシーンの雨も非常に象徴的。単純に悲しみの演出としても効いてるし、正体が水であったナニカ(悪意)を1体倒したトコロで、もうこの世界には消し切れない程の悪意が満ちあふれている、そんな印象を持つシーンでした。


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