萩尾望都
●「百億の昼と千億の夜」(秋田文庫 原作:光瀬龍)
読む年齢、時期、タイミング次第では、原体験として価値観を揺るがすであろう内容を含んでいる作品です。
世界・神話・宗教に対する別の見方を啓示していて、プラトン、シッタータ、阿修羅、ナザレのイエス、ユダ、彌勒など史実上名を残す人物や存在の本来の役割はこうではないか? と新たな捉え方で宇宙を解明しています。気が遠くなるほどのスケールで。
こういう原作アリの作品は、得てして漫画化の際にエピソードがバッサリ切り捨てられる傾向にあります。この作品でも勿論そういった面はあるんですが、逆に語られなかった行間を補完して描かれている部分もあり、漫画化された物語の中でも非常に上質の完成度を誇っています。萩尾望都恐るべし。
ていうかぶっちゃけた話、僕原作読んだ時全然分かりませんでした。何がなんだかもうさっぱりでした。
今でこそ、神話的な伝承に科学的な理論を代入した解釈の作品が目につきますが、この辺はもう黄金期SFで大半が通過しているネタなのかも。その分、SFに興味がない層には真新しく思えるかも知れません。オススメ。
●「スター・レッド」(小学館文庫)
これは漫画なのに4回(4日)に分割して読みました。大方の少女漫画はネームが多くてかなり骨太で、「絵を見る」以上に「読む」という印象が強いです。
この「スターレッド」、超能力少女・星を主役に据え、ぐんぐんとスケールアップしていく物語力学が強烈。超能力ものってコトで、「異能力を備えた者の受難」というオーソドックスな展開と思いきや、信じられない程の広がりを見せました。
最初はお姉様風を吹かせて、とても余裕のありそうなキャラとして登場した星が、結構すぐに必死モード全開になったり、火星と地球を舞台にグイグイ広がっていくステージなど全く予断を許さない内容。常に常道から外れ、極普通の予想を裏切ろうかとしてるのでは?とも思わせるストーリー運びです。
そして開いたトコロは開いたままで収斂するラスト。僕の言うセリフとは思えない言葉を使いましょう。
とても美しい。
「少女漫画=ベタなハッピーエンド」とは思っていませんが、ここまで切なく素敵なラストも久々でした。
●「イグアナの娘」(小学館文庫)
短編集で、表題作以外に5編収録。
「イグアナの娘」、ドラマが好きでした。月曜9時の枠で菅野美穂主演でやってたんですが、相当感動しました。あの枠、案外嘗められません。
んで、原作を手にしてまず驚いたのが、この作品が短編だったコト。演出/情報の出し方もかなりいじくられていたコトを知りました。ドラマでは一つのオチだった部分が、原作では冒頭にて軽く明かされているコトに驚きです。ドラマは知らない人向けに上手くアレンジされていたんだなと感じました。
このアレンジの上手さ、宮澤賢治「銀河鉄道の夜」のアニメ版(ネコのやつ)では冒頭にて友人の死が明かされていなかったってのを思い出しました。こちらも星々の旅行が何を意味するものかがラストで判明するコトになっていて、憎い演出だと思いました。
●「11人いる!」(小学館文庫)
○11人いる!
10人1チームとなり外部との接触を絶たれた宇宙船内で53日間生き延びる。そんな宇宙大学受験最終テストにて、何故か宇宙船に降り立った時にはチーム人員が11人いたコトを皮切りに、様々な障害が巻き起こるサスペンス調SF。
チームに紛れ込んだ『受験生以外の1名は誰か/そしてその目的は』を探す、ミステリ感覚が楽しい。11人それぞれが怪しく、何より宇宙船というワンステージ/限定閉鎖空間が緊張感を沸き立てます。
犯人探しの形態をとっていますが、正直『11人目』は誰であろうと納得がいく(驚きは薄いのではないかと思う)感じです。それでもなかなかにイカした落とし方をしてくれるのが萩尾です。
○続・11人いる! 東の地平西の永遠
世界観とキャラクターを継承してるので「続・11人いる!」となっていますが、サブタイトルっぽく付けられている「東の地平 西の永遠」の方が内容的にメインタイトルです。
閉ざされた中でのやや地味な展開を見せた前作とは異なり、星々を股にかけたスペースオペラという感じ。それでも各星毎での知略と策謀が渦巻くサスペンスノリでグイグイ物語は引っ張られます。『主要人物が死ぬ』というシビアな一面も見せます。
○スペースストリート
「11人いる!」のキャラクターを使ったショートショート。コミカルタッチのギャグ連作です。
●「感謝知らずの男」(小学館文庫)
「僕は愛には向いていない」
と、そこまで言いますかと思わせる仰々しい帯文句が際立つ、バレエダンサーを主役に据えた6つの短編集です。
これは何と言い表わしたらいいんでしょうかね。天才肌の人間が持つ外部と自分とのズレ/齟齬感、などと一瞬考えたものの、もっと広く、「青春の切り取られた瞬間」でしょうか。短編を真正面から短編として描いたもの、という感じです。
扱ってる舞台がバレエで纏められていて、最後の「ジュリエットの恋人」では今までのキャラがちょろちょろと登場していて、この辺はファンサービスでしょうか。一番好きなのは「海賊と姫君」ですけど。
●「恐るべき子どもたち」(小学館文庫)
ジャン・コクトー原作を萩尾世界で構築。なんて書いて見たものの、ジャン・コクトーの方読んでないので比較は不可能です。
内容は、えー、一言で言うなら破滅です。
いけない! そっちに転がるな! ヤバいって! シムラ後ろ! という、分かってるけどどうしようもない決定運命(物語)を傍観しなければならない、そんなイヤな感覚に囚われます。
●「ウは宇宙船のウ」(小学館文庫)
レイ・ブラッドベリの詩情漂うSF短編をコミック化。短編SFってこういう感じだったなあと思い出させる作品です。『SFったらスペースオペラでしょ』的な自分としてはちょっと喰い足りないんですが、まあこれが短編のSFです。
自分の好みを考えると「びっくり箱」がベストなんですが、何故か印象に残ってるのが「霧笛」。
●「訪問者」(小学館文庫)
訪問者/城/エッグ・スタンド/天使の擬態 以上4編収録
どれもどう語ればいいのか難しいものばかりです。読み終えても未読な気がする作品が自分的に結構多いかも、萩尾望都。
○訪問者
「トーマの心臓」外伝。本編冒頭にて過剰なまでにクールなキャラとして登場するオスカーの物語。ちょっと面喰らうかも。
○城
短い作品ですが、醜さも受け止めて生きていく必要を知るラストがイイ。黒いブロックと白いブロック、自分の城をどう築きあげるかという。
○エッグ・スタンド
ダンケシェーン。鈎十字犇めく占領下パリを舞台に、少年の怪物性が描かれる問題作。孵化できずに卵のまま茹で揚げられた雛を自分に重ね、愛も殺しも等しく思う少年は、聖か否か。たまに1ページ使って描かれる萩尾的イメージ描写が好き。何か、詩的です。
○天使の擬態
当短編集では最も普通に読めました。意地っ張りな女の子の恋愛モノです。
●「半神」(小学館文庫)
半神/ラーギニー/スロー・ダウン/酔夢/ハーバル・ビューティー/偽王/温室/左ききのイザン/真夏の夜の惑星/金曜の夜の集会 以上10編収録
かなり質の高い作品が揃ってる短編集です。そんな中で特に好きなのを3つ挙げると、「半神」「真夏の夜の惑星」「金曜の夜の集会」。とりわけ表題作の「半神」、これが尋常でない出来映えです。
癒合双生児として生まれたユーシーとユージー。ユーシーはまるで痴呆だけど天使のような美貌、ユージーは知能が高いけど全ての栄養をユーシーに奪われてる為ガイコツのような容貌。13歳になりこのままでは二人とも死ぬ。そこでせめてユージーだけでも生き残れるよう二人を切り離す手術を決行。手術は成功し、天使のような美貌のユーシーは死に、ユージーは生き残る。
この僅か15ページの短編に込められた、やるせない心理描写の絶技。通常では体験しないシチュエーション、故にユージーならではの葛藤/苦悩/喪失感。頭脳に加えて本来の美貌も取り戻し理想/完全に近づきながら、その心の内に芽生えた死んでいった妹/ユーシーへの思いが逆に自分を不完全な「半神」の立場へと駆り立てる。
アルジャーノンばりのえも言われぬ喪失感/残留を喰らう傑作です。恐らく2002年に読んだ短編漫画ベスト1になります。長編含めた全漫画でもベストになるかも。
ユージーはユーシーに嫉妬し嫌っていたけれど、相手は自分の容姿の醜悪さに捕われず、ただ無邪気だった。11ページ1コマ目のユーシー、この1コマが素晴らしい。
●「銀の三角」(白泉社文庫)
これは非常に難解でした。今後再読、三読しなきゃ分からないです。連載(2年間)でこれを描いていた萩尾望都恐るべし。
二人の登場人物、ラグトーリンとマーリーをメインに、時間/空間を股にかけた大スケールの物語です。当然のコトながら読者はページ順に読むんですが、時空を飛び越えた内容なので、突発的に謎な出来事が出てきます。この辺、再読すればきっと深く味わえそう。
この作品は事前に凄まじく緻密なプロットをたてなきゃ出来ない物語に思えます。アクロバティックな綱渡りです。どこかに綻びがありそうで、でも萩尾望都のコトだからないんだろうなあ。
●「トーマの心臓」(小学館文庫)
ユリスモールへ さいごに
これがぼくの愛 これがぼくの心臓の音
きみにはわかっているはず
ユーリ、オスカー、エーリクの3人を中心に進行する、再生と成長の物語。タイトルにも入ってるトーマという少年は作品冒頭でいきなり死にます。トーマはユーリが好きだった。ユーリはトーマを憎んでいた。そして転入してくるエーリクというトーマそっくりの少年。
どのキャラクターも主人公クラスの存在感を持つんですが、ユーリを主役に読みました。表紙ではエーリクが大きく描かれてるのでこっちの方が主人公なのかも知れませんが。誰を主役に捉えるかで、読み手の意識(とりわけコンプレックス)が伺えるかも。
少年同士で好きとか嫌いとか出てくるので、それだけで腐女子御用達作品に思われるかも知れませんが、少年は精神面で未成熟なので成長を描きやすいという意味からの選出に思えます。性も「分化する以前/まだ無性」という感じで描かれてるので、攻とか受とか考えるな。
萩尾望都と言えば森博嗣、と僕はどうしても連想が働きます。この作品ではユーリの成長が、S&Mシリーズを通して描かれる犀川の成長と重なりました。「一般化する」コトを成長と捉える作品の中でも、漫画でそれを最初からテーマに据えてここまで重厚に描いたのは希有に思えます。
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