能條純一


●「月下の棋士」1巻 <将来の名人なり>

定石などない

 対決物は往々にして主人公が「努力型」、ライバルが「天才型」になりそうなものですが、この作品は主人公もライバルも共に天才型です。主人公が「天才型」というのは最近ではもう珍しくないのかも知れない。最近でもないか。「ガラスの仮面」もそうだし。

 将棋という舞台は理解不能な達人同士の凌ぎ合いです。なので、その凄みをそのまま伝えるのは難しいのかと思います。そこでこの「月下の棋士」では棋譜を見て「ああ、すげえや」という表現ではなく(そんな方法では当然誰も凄さは分からない)、登場人物の生きざまにまで侵食してる「将棋」を表現するコトで尖鋭された領域を伝えています。

 この1巻では主人公/氷室将介、ライバルとなるであろう滝川幸次、その滝川に名人位をいきなり奪われる大原巌などが登場。この作品、滝川が名人からスタートする一方、氷室将介は奨励会員としてスタートします。このスタート地点以外にも、キャラの持つ雰囲気/印象なども非常に対照的で基本構造はとてもオーソドックス。

 奨励会員の氷室の前に立ちはだかる『地獄からの使者』村森聖。遺書を書いたりスキンヘッドにしたりと随分一人で勝手に盛り上がってるキャラです。


●「月下の棋士」2巻 <必至>

将棋とは如何なるものか その問いかけは 人生は如何なるものかという問いかけに少し似ている

 とことん覚悟を決めて一人で煮詰まっていた村森聖を敗北させて救う氷室。この漫画には達人同士のシビアなギリギリ感覚と共に、まだヒューマニズムがあります。

 飄々とした刈田升三の登場。荒くれチックな実力者という感じでかなりイカしたキャラ。なりも着物を粗暴に着こなし、昔ながらの達人というイメージです。

 後半はプロ棋士になる為の規定「25歳と364日をもって四段に昇格できぬ者は退会とす」を作中で扱っています(作品内ではこの規定、25歳ではなく30歳)。強くても歳がいってたらプロにはなれないという理不尽さ。夢枕獏の小説でもコレ扱ってました。芽が出る見込みがない人間がいつまでも将棋に打ち込んでいたら人生破滅、まだ就職してやり直せる歳で見限るのが優しさ、というコトでしょうか。


●「月下の棋士」3巻 <力将棋>

全ての神が次なる一手の中に棲む

 えー、あらすじを書いただけで訴えられる「小学館」作品を今回もまたビク付きながら扱っています。

 そう言えばこの漫画の状況は今、三段リーグ戦の真っただ中にあります。年齢制限ゆえ今期がラストチャンスの鈴本が幸田に負けましたが、その後は全勝。氷室(16戦全勝)、幸田(16戦全勝)、鈴本(15勝1敗)という三つ巴で迎える最終日。

 第一局は「鈴本-氷室」「関埼-幸田」、第二局は「鈴本-木川」「幸田-氷室」。

 幸田がまず17勝目を上げますが、「鈴本-氷室」はなかなか決着が着かない。500手を越えます。鈴本も単純に勝ち星をあげるだけなら途中でチャンスはあったものの、拒む。プロになれるか否かの瀬戸際でありながらも、「将棋」が好きでならないというコトが、刈田や鈴本本人の回想シーンから伺えるこのキャラ作りが憎いです。


●「月下の棋士」4巻 <不成>

命の秒読みの中で 無限の譜を紡ぐ者

 「鈴本-氷室」は鈴本の勝ち、「鈴本-木川」は木川の勝ち、「幸田-氷室」は氷室の勝ち。プロに昇格したのは氷室と幸田。

 結果のみを記すととても味気ないんですが、各対局ごとに、試合(ルール)の勝敗勝負の勝敗で読者が感じるのは正反対の結論で、この辺が非常に深い。

 そしてA級B級不問で全てのプロがトーナメントで争う新タイトル「王竜戦」への期待が高まる中、氷室は師承である御神三吉の宿敵だった男/村木武雄に会いに行きます。村木の弟子は滝川で、この辺の構図は基本に則っています。村木の廃人ぶりがとんでもないです。いきなり氷室に日本刀で斬り付けてきました。端からみたら「たかが将棋」という、理解しにくい世界に潜む、異常なまでの執念がひしひしと伝わります。


●「月下の棋士」5巻 <血戒>

将棋の形をした死闘

 プロ入りした氷室将介。この辺から、氷室の対戦する相手各々が異様なキャラ立てで作り込まれていて面白くなってきます。1キャラ1アイデアで、それを徹底させている感じ。

 最初の相手/武者小路和清はコンピューターによる占い/『運』に支配されている男。ラッキーカラーに従い身をピンクに包み込む異様さ。彼をそんな占い狂にしたのが、過去に於ける滝川の言葉と行動だったというのも上手い。対戦相手、何か一つに徹底しているんですが、それは滝川の断片に過ぎないという印象があります。滝川は『運』も勿論のコト、全てを兼ね備えていそうです。

 この巻では滝川名人と大原前名人による名人戦も平行して開始。1巻開幕にてその座を滝川に奪われた大原のリベンジ。大原は人間力を駆使して闘っています。この辺「グラップラー刃牙」の猪狩っぽい。


●「月下の棋士」6巻 <王竜戦>

投げぬその一人が歴史となる

 3対3で向かえた名人戦7局目は滝川の勝利。何だか納得いかない勝ち方でしたが、小細工を弄する大原に小細工でかえり討ったというトコロでしょうか。

 氷室と武者小路和清の勝負も開始。武者小路和清の自滅的敗北でした。武者小路和清の台詞を読む時今泉口調(古畑)を浮かべるんですが、実際のモデルは誰なのか。

 後半はいよいよ王竜戦スタート。トーナメントに乗る氷室の挑発的な言葉に対しての滝川の台詞、「...氷室君、その言葉10年...いや、20年...いや...永遠に...早い!!がしびれます。

 グイグイと勝ち進む氷室の準決勝の相手は刈田升三。飄々オヤジがいつになく引き締まった表情を見せてるのが憎い。


●「月下の棋士」7巻 <棋神>

神は二つの結末を与えない

 前半は氷室と刈田の勝負。この勝負、TVドラマ版では刈田が氷室の父親だという設定が付加されていて、非常に奥の深い内容になっていました。特に「銀」の件ですか、悪手と分かっていても「銀」を取る意味が、ドラマ版では『俺はお前の父親だ』という盤上での答え/氷室にしか分からない答えになっていたのが素晴らしかったです。それに感動してコミックスを集め始めたんですが、原作では『挑戦は受けて立つ/背は向けない』という意味合いで「銀」を取ってるだけでした。この辺はドラマ版のアレンジの勝利だと感じます。勝手に父親にしちゃってたけど。

 氷室が刈田に勝利し、王竜戦決勝の相手は大原。勝者が名人への挑戦権を手にするこの決勝。大原、別室で氷室に勝たせてくれと土下座。そして対局の間に移るとすっとぼけ。この辺もまた猪狩です。酸素ボンベを装着して対局する大原の執念が見どころです。


「月下の棋士」8巻 <入魂>

一手先の光と影

 大原との王竜戦決勝。この対局を通して、棋士にとって将棋とは如何なるものなのかが描かれます。前巻まででは人間力を駆使するキャラクターの大原でしたが、そうした小手先の技を使わずムキ身になっても強い。ほぼ大原視点メインに展開し、心臓は止まるわ顔は真っ白になるわいきなり笑い出すわ幻覚を見出すわ鼻水に涎を垂らすわでもう死にそうです。ていうか死にました。

 かなりイヤなヤツでしたが、大原の将棋への思いは氷室も共感している様子。弔い合戦にきた大原門下は、大原を形のみの理解しかしていないという感じで。

 優勝した氷室はいよいよ滝川との勝負なんですが、その前に将棋連盟の横やりが入り対局が有耶無耶にされそうになります。自分を釈迦と思ったりおかめの面であちこちうろつく滝川がイっちゃっててイカしてます。


「月下の棋士」9巻 <9四歩>

おかめ来たりて駒が舞う

 過去、御神三吉に付いていた弟子/丸亀が登場。今では裏将棋を扱う将棋倶楽部を経営。滝川との対戦を望む氷室の為にあれこれ駆け回ります。段取りをつけた時、自分が滝川と勝負をしたい願望に取り付かれ一瞬裏切りそうになりましたが、結局小物でした。あの迷いは何だったのかというぐらい簡単に2回転(つまり裏の裏で元通り氷室サイドに)。

 そしておかめの面をつけた男が登場し、丸亀は瞬時にその実力を肌で感じ取り滝川と断じます。将棋倶楽部を舞台に氷室とおかめの勝負開始。封じ手どころかその更に先まで書いてあったのを驚く女性記者。立会人の刈田升三、その記者の心を透視したかのごとく答えます。

「棋士はな、瞬時に200手、300手先の駒を読む!! だが指すのは1手だけじゃ」

 このおかめは実は滝川の棋譜を暗記して遣わされたニセモノ。ニセモノを滝川と思った丸亀の立ち場はどうなるのか。途中で氷室が想像外の手を指しニセモノ、テンパってしまいます。

 ようやく現れた本物の滝川は、盤を見ていきなり泣き出します。かなり...おかしい人です。一応理解可能な心理描写ですが、あまりにも電波部分が前面に押し出されてるので、将棋指しがこの漫画読んだら怒るんじゃないのか不安になります。


「月下の棋士」10巻 <錯乱>

我が筋に合い駒は打たせぬ

 氷室と滝川の対局終了までを収録。勝者は、滝川。

 「---私は第五代名人滝川幸次...!!」という、状況次第ではギャグに聞こえる勝ち台詞にも関わらず、ここに至る攻防の描写によって意味不明ながらも説得力を持ちます。

 この巻は「月下の棋士」全体を通しても最初のクライマックスというノリで、全編が頂上対決の対局シーンで構成されていて、徹頭徹尾緊迫感に満ちた展開を見せます。熱いです。

 正直、どっちが勝つのか分からないのがこの漫画。連載の都合上氷室が勝ったらそこで物語は終了、だから負けた、というのは後付けな考えに過ぎない。

 運も含めて勝敗は決まる。負けられない状況、もしくは主人公であろうと負ける時は負ける。このシビアさが現実的です。どんなに努力をしていようがダイレクトに反映されるワケではない。時にコインを放り投げるかのように勝敗が決定される。「グラップラー刃牙」にも感じるリアルさがあります。あと失恋にも通じるシビアさです。自分の意志でどうにもできない絶望が押し寄せる。

 負ける事で得るものは何もない。そんな信念を持つ主人公/氷室将介が、ここに敗北。


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